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大正の長井 2

元禄7年(1694)に最上川舟運によって宮舟場が設置されて以来、飛躍的に商人町へと変貌していった。しかし大正3年(1914)の軽便鉄道により舟運は収束した。以降どのように長井は変わっていったか、年譜形式で紹介する。

 

 

大正5年

 

 

今泉で初めてブドウ栽培を行う

 

 

大正5年5月

 

長井尋常高等小学校校章、制定。改築記念事業として

長井線敷設によって移転改築した時の記念事業だった

 

 

大正6年1月16日

 

あやめ公園内の区有林の8割杉を売却、總宮神社維持金に寄付

 

大正6年5月23日

 

第2期長井小学校、大火で類焼 11か所で分散授業

建設工事に取り掛かる

 

大正6年5月23日

 

午後8時頃中道から出火。本町境町で51戸、東部落55戸、中道部落36戸等360棟焼失。小学校も焼失

 

大正6年6月

 

松ヶ池公園に演芸館竣工、昨年の奥羽六県連合共進会の際に建てたものを有志が買い受けたもの。郡内における屈指の劇場成り

昭和49年除却

ひょうたん池西に山形から移築

 

現文翔館敷地内に建設された演芸館 これを移築した右の建物は県会議事堂 

 

 

 

大正6年10月5日

 

山形県特設電話番号簿訂正書

 

大正7年2月22日

 

 

下伊佐沢方面電灯ともる

 

大正7年6月

 

あやめ公園にボンボリ点灯

 

大正7年10月

 

 

 

成田の佐々木貞次と泉屋で乗合型12人乗りの新車購入、長井・荒砥間のバスを運行する

 

 

大正7年

 

 

米沢区裁判所出張所が設置される

 

 

 

大正8年

 

 

宮区有志であやめ公園回りに吉野桜植える

第3期の長井小学校校舎完成

 

 

 

 

大正9年2月27日

 

 

県立長井中学校認可。第一回入学式は4月14日。仮校舎を長井尋常高等小学校に置く。創立開校式は4月15日

大正11年10月15日:全校舎竣工し落成式行う

昭和9年4月1日:第一種及び第二種を併置して実業科には農業を課する

昭和23年4月1日:新制高等学校となり、長井第一高等学校と改称。男女共学

昭和25年4月1日:長井第一高等学校と第二高等学校を統合し、校名を「長井高等学校」と称す。

昭和30年4月1日:長井南高等学校と称す

昭和39年4月1日:長井高等学校と称す

女学校

大正10年4月1日:長井実科高等女学校創立

大正14年4月1日:長井高等女学校

昭和23年4月1日:長井第二高等学校

          (定時制課程併設)

昭和25年4月1日:長井高等学校(統合)

昭和30年4月1日:長井北高等学校

昭和39年4月1日:長井高等学校(統合)

 

大正9年2月1日

 

 

大正8年11月に羽陽館両角製糸所を買い取り、郡是製糸KK長井工場が誕生。操業開始

 

 

 

大正9年6月10日

 

最初の時の記念日

 

大正9年7月11日

 

郡是長井工場焼失。9月には本町に再建。復興地固めとして国技館より横綱大錦栃木山一行

 

 

大正9年7月17日

 

大石沼に鯰養す

大正9年10月1日

 

 

第一回国勢調査。総人口7698万8379人

絵葉書

 

 

 

大正9年

 

消防署が栄町に

庁舎北に火の見櫓。肉眼で見張っていた

 

火の見櫓

 

 

 

大正9年12月15日

 

長井警察署庁舎竣工。境町に。同28日は移転完了した

現山形銀行長井支店南に

 

 

2016.02.15:[歴史的建造物]
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