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長井まち歩き物語8 貿上醤油店

山形県長井市。それは、水と緑と花の奥座敷・・・・・
ゆっくりと まちなみに ふれてみませんか・・・・・
魅力あふれる 深い建物を醸し出す風景に 足を運んで下さい

(資料:長井市史、神奈川大学工学部建築学科 西和夫 長井市歴史建造物調査報告書、文教の杜・昭和11年長井町町要覧)



  貿上醤油店は大正7年から醤油醸造業を営む家です。かつては、「貿上」の字を「坊上」としていました。現当主は3代目ですが、醤油業を営む前は糸を扱う仕事を生業としていました。井上家には過去帳が残されており、それによると一番古い年号が「元禄4年(1691)10月」とあり、江戸中期まで遡ることができます。また、その昔は宿坊をしており、当主が高校生の頃、昭和30年代まで長屋がありました。長屋は道路向かいにあり、小分けにして人が住んでいました。現在でも一部が車庫として使っています。
  昔の主屋は、平屋の茅葺で店の部分だけが2階建てでした。主屋は昭和46年頃に建物としてはそのままに柱などを取替え、部屋の天井も下げました。店部分は当主が小学2、3年生の頃、昭和20年代に建て替えたといいます。しかし、小屋組みには当初材も残っているといわれ、本体の骨組みは当初の様子を残していると思われます。
  主屋は木造2階建て、切妻造り、鉄板葺き。外壁はリシンかき落とし、一部モルタル吹付け、建具はアルミサッシ。1階庇は垂木と野地板ですが、2階庇は新建材です。店部分は木造2階建て、切妻造りマンサード屋根、鉄板瓦棒葺き、建具は木製で、一部に古い建具を残しています。外壁は、主屋と同じリシンかき落とし。
  店は新しく、その西に続く主屋も表面から見える柱、長押、天井などの材はすべて新しくなっていますが、建物の配置は典型的な構成(店が道路に並行で主屋はそれに直行する)となっています。この地域の屋敷構えの様子、全体の構成をよく示す点で貴重な存在といえます。中は見ることができません。

屋敷蔵
  主屋の北西隅に位置し、主屋内部から出入りします。構造は木造2階建て、切妻造り、置屋根、鉄板葺き。梁間2間半、桁行5間の規模で、外壁は腰部分を板張り、屋根下まで漆喰を塗りその上に屋根を置く屋根形式です。1階は東側に一つ、2階は東側に二つの窓があり、金網と鉄格子を入れています。1階2階同位置にある窓は個別に防火扉があるのではなく上下一つの扉で閉めます。1階2階とも床は板張り。建築年代は屋敷蔵内にある祈祷札に、「若来法世人  長誦此眞言明治参拾八乙巳年」とあり、明治38年(1905)の建設です。

味噌蔵
  工場南西に位置し、工場内部から出入りします。構造は木造平屋建て、切妻造り、桟瓦葺き。外壁は腰部分をモルタル塗り、その上は白漆喰仕上げです。内部は梁と梁の中央を束ねる簡単な構造です。
  味噌蔵の桶に、「大正八年検定、第五□」とあり、この桶は大正8年(1919)のもの。また桶は間口より大きいため中で組んだもの。当初からある桶でしょう。ゆえに味噌蔵自体もの建築年代も、その直後の7年か8年と判断されます。醤油業の過程や様子を知る上で、貴重な存在です。

工場
  主屋の西側に接続して建っています。木造平屋建て、切妻造り、鉄板葺き。小屋組みは和小屋であり、一部光取りが設けられています。垂木と野地板を見せる化粧屋根裏。北側外観は柱を見せた真壁構造だが、壁部分はすべて縦板張り、上部に窓ガラスを入れ、外に鉄の横格子をはめています。西側部分は増築です。
  建築年代は、醤油業を始めた当初からのものと考えられ、操業の大正7年。工場は増築を重ねて大変複雑な平面構成となっています。モロミムロ、味噌蔵などがあり、醤油業の工場の様子をよく示している貴重な存在です。


畑の蔵
  敷地の北西隅に建ち、かつては原材料を入れていました。構造は木造2階建て、切妻造り、置屋根、鉄板葺きです。入口部分のみ前室を庇形式で出ています。梁間2間半、桁行4間半の規模で、外壁は腰部分をモルタル、上部は白漆喰仕上げで、屋根は置屋根です。様式と技法から昭和初期と考えられます。

煙突
  昭和20年代。レンガ積み、隅部を鉄骨で補強しています。高さは約10メートル、太さは下から1メートルの高さで1メートル角、上に行くにしたがって先すぼみしています。頭頂部では約50センチメートル。東面、南面、西面に「貿上醤油店」と白漆喰で書かれています。




2013.10.08:[歴史的建造物]
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