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山形懸一名所  記念碑物語

山形懸一名所 記念碑物語
 その昔、長井市あやめ公園が山形県の中で名所として県一となったことがありました。それは昭和の5年。山形新聞主催の「山形懸一十秀決戰リレー投票」に長井町民が燃えました。投票用紙は山縣新聞に毎日3枚づつ付いてくるものだが、なんと、158,723票が入り県一の名所となったものです。当時の盛り上がりが山形新聞に。
(長井市地域文化振興会発行 長井のひとびと16集から)

昭和5年のあやめ公園 南西からの撮影  中央部に県一碑  頭上に燈具がみえる

熱狂の県一 人気投票
昭和5年の山形新聞紙面をたどって
 
昭和5年8月、山形新聞主催の県民投票で、あやめ公園が県一の名所になったことは寄稿や取材などでしばしば出てきました。そこで往時の新聞のコピーをいただき目を通したら、これが驚きと感動の内容でした。ここにその一部を紹介します。

    昭和5年8月3日の山形新聞紙面

まずは結果発表の紙面から
 昭和5年8月3日(日)付 2面
 懸民總意(けんみんそうい)の反映の反映!
 票数五百万を突破
 近くリレー 兩班を組織して「山形懸一」を訪問
◆本文◆百万懸民を()げて熱狂せしめた「山形懸一 十秀決戰(じっしゅうけっせん)リレー投票」も、昨夜十時も以って締め切った。この投票總数(そうすう)五百()万。これを容積にすれば二十二立方メートル。もっと判り易くいへば十二尺立方の(ます)の中に充満した投票の山。(もっ)如何(いか)にこの企てがお(くに)自慢の懸民に百パーセントの歓迎を受けたかが察せられる。()(じつ)三十一日夜に(かつ)ぎ込まれた投票は通稱(つうしょう)、お茶箱といはれる長サ四尺(あまり)の長方形な箱に六杯あった。係員もこの熱狂振りには感激を通り越して呆然たらざるを得なかった。
  ◇   ◇
 山形市内に事務所を造って刻々開票結果を持って居た高湯、御所山、あやめ公園等々、係員の報告を受けるやワーっと躍り上がって歓聲(かんせい)()げる。階上の會議室(かいぎしつ)では前日(らい)の計算に疲勞(ひろう)困憊(こんぱい)した係員はトウトウ目を廻す。街頭を練って荒澤不動が、鳴物入りのデモンストレーション。電報、以って如何にこの企てが猟奇と好奇と(しか)して興奮錯亂(さくらん)のカクテルであったかが判る。
  ◇   ◇
 不思議な暗号――名所の部であやめ公園と天子塚が偶然十五万八千七百二十三票となった。ハッと思った係員は十数名手分けして又最初から数へ直した。千票一束の投票を幾回か数へたがやっぱり同じ十五万八千七百二十三票。係り員は崿(がく)(ぜん)としてこの裁きをどうつけようか昏迷し惑亂(わくらん)し、緊急幹部會議(かいぎ)になったが、おのおのの贔屓々々(ひいきひいき)があって、()(まと)まらず、熟議二時間に亘って議を()くした結果「天子塚はその名のごとく佐渡の帝順徳院崩御の旧跡にして皇室との御因縁(あさ)からず、これを(たん)なる名所とするよりも、懸下一の古跡として別格推薦するを適切とす」といふに一致し、冒頭にこれを發表(はっぴょう)することに(ようや)く決定したのが午前二時。
  ◇   ◇
 ()くして四旬に亘る於國(おくに)自慢の投票は、懸下一の立體(りったい)的映像を百萬懸(まんけん)(みん)の前に顕現(けんげん)し得た。選ばれた「人ともの」とは()くして山形懸一の榮光(えいこう)をその額の()()只中(ただなか)に烙印せられた。最早(もはや)完全な懸下一であり、何ものゝ追随をも許さない選良(せんりょう)である。
  ◇   ◇
 選挙は終わった。(しか)し選ばれたる十秀の姿と形、そして何故(なぜ)選ばれたかの正體(しょうたい)は今後の發掘(はっくつ)によって判明する。本社は近く記者(二名)と(しゃ)(しん)漫畫(まんが)()の四人を一チームとする(りょう)(はん)の選手を派遣し(あら)ゆる()りものを利用して選ばれたる「人ともの」とを訪問せしめる。記事に、(しゃ)(しん)(まん)(ぶん)漫畫(まんが)に、それが如何に夏の本紙上に濃淡色さまざまの色彩を添へることか。猟奇探(りょうきたん)()好讀(こうよみ)(もの)(けだ)(しょう)()第一の好伴侶たる誇負(こふ)して(はばか)らない。
 
選ばれたる山形懸一十秀選者次の如し
  • 名所(古跡)
山形懸一賞(別格推薦)158,723票 北村山郡宮澤村(現尾花沢市) 天子塚
  • 名山
山形懸一賞75,596票 御所山(現在の呼称船形山)
名譽賞天位75,257票 蔵王山
名譽賞地位68,613票 朝日岳
名譽賞人位65,230票 千歳山
  • 名湯
山形懸一賞120,667票 酢川 高湯温泉
名譽賞天位104,355票 湯ノ浜温泉
名譽賞地位102,274票 上ノ山温泉
名譽賞人位100,051票 温海温泉
  • 名所
山形懸一賞158,723票 あやめ公園
名譽賞天位136,275票 月山澤山電貯水池 塚田沼
名譽賞地位125,264票 三山電鉄沿線 長沼公園
名譽賞人位120,833票 東置賜郡宮内町 山正菊花園

 塚田沼があった


 山正菊花園
  • 銘酒
山形懸一賞100,224票 一聲 西村山郡西山村 設樂規矩三郎
名譽賞天位85,417票  誉ノ菊水 寒河江町 國井酒造合名會社
名譽賞地位72,086票  日ノ出正宗 寒河江町 鈴木輿右エ門
名譽賞人位50,291票  霞城壽 山形市 大沼保

現在の設楽酒造
  • 名産
山形懸一賞67,742票 のし梅 山形市 小林榮玉堂
名譽賞天位55,169票 奈良漬 酒田町 齋藤徳三郎
名譽賞地位55,021票 亀綾織 新庄町 福井呉服店
名譽賞人位48,736票 丸三印漆器 山形市 小島久作
  • 銘社寺
「A」神社
山形懸一賞60,142票 東田川郡狩川公園 北館水神社
名譽賞天位58,053票 西置賜郡小國本村 大宮子易兩神社
名譽賞地位55,392票 南村山郡上ノ山町 栗川稲荷
名譽賞人位50,170票 三山電鉄沿線 獅子ノ口 諏訪神社
 
「B」寺院
山形懸一賞68,926票 米沢市法音寺 善光寺如來
名譽賞天位68,071票 西田川郡大山町 善寶寺
名譽賞地位67,993票 山形市 荒沢地蔵大権現
名譽賞人位50,282票 東置賜郡 亀岡文殊堂
  • 美人
「A」令嬢の部
山形懸一賞25,231票 鶴岡市 MS嬢19歳
名譽賞天位23,350票 米沢市 AM嬢19歳
名譽賞地位22,081票 東置賜郡屋代村 KS嬢19歳
名譽賞人位13,507票 山形市 WF嬢19歳
「B」藝妓、ウエートレスの部
山形懸一賞50,826票 山形市駒ノ家 M子
名譽賞天位48,348票 東根温泉よし田川 A子
名譽賞地位40,303票 鶴岡市三浦屋 M子
名譽賞人位35,161票 山形市新花本 C々
  • 名匠
山形懸一賞51,523票 琴 山形市 鈴木富駕
名譽賞天位50,039票 清元 酒田町 延正壽
名譽賞地位48,522票 生花 山形市 市村宗眞
名譽賞人位45,891票 舞踊 鶴岡市 佐藤榮子
  • 子福者
山形懸一賞6,393票 米沢市 SS
名譽賞天位5,582票 山形市 MJ
名譽賞地位4,375票 新庄町 TE
名譽賞人位3,208票 米沢市 WS
  • 大男大女
山形懸一賞11,842票 山形市 TE嬢
名譽賞天位10,538票 鶴岡市 M嬢
名譽賞地位10,287票 山形市 TS
名譽賞人位10,093票 米澤 HC
 
  • そこで二手に分かれて、当選の現場を密着取材するという企て。
◇◇◇◇◇◇
海と山の兩班に分れ輝く十三秀を競ふ
猟奇と眞理との發掘へ
十二日本社前を出發
 本社主催お國自慢「山形懸一 十秀決戦」は總投票数五百餘万といふ この種催しの新記録を残しつゝ、懸民挙げて驚異の中に物の見事に終りを告げた。これは懸民の總位が奇抜痛快の中に世に現れたる又は埋もれたる人とものの眞理を伝へんとする本社の趣旨が懸民諸君の間に徹底せる結果に他ならないとひそかに自負するものだ。
◇  ◇
 今度はいよいよこの意圖を実現し、正體を探るべき最後の華「山形懸一探訪リレー」を決行すべき時が來たのである。この街頭と田園の近代的寵兒(ちょうじ)は來る十二日朝本社前から二(だい)の新自動車に分乘(ぶんしょう)して懸下各地に散在する選ばれたる光榮の十三秀を目指して――記事、寫眞、漫畫の各記者より成る 海、山兩班チーム八名のリレーチャンピオンは出發するのである。
 (中略)
  記事に寫眞に漫畫
  海、山兩選手の顔ぶれ
 海、山兩選手の顔ぶれは次の通りであるが、兩班とも、記事に寫眞に漫畫に相倚(あいよ)り相助け合ってその技倆(ぎりょう)を競ふ事となった。
   海班
記事記者 佐々木茂 高橋三男  寫眞記者 柴田保重  漫畫記者 菅野矢一
   山班
記事記者 武田幸三 田内吉太郎 寫眞記者 原田彌三郎 漫畫記者 深瀬宏
 
 各選手は何れも必勝を期し前日來兩班に分かれて極秘裡に作戰をこらし乘り物の配備及び交通の便不便等を調査して居る
 
こうやって県内の記者が廻るわけだが、長井町には12日午後に入る予定。と報じ、それを受けてこんな計画を紹介している。

 
◇◇◇◇◇◇
 昭和5年8月9日(土)1面
   選手を(かこ)んで
   當選大祝ひ
   (きょ)(ちょう)一致通りあがる
    あやめの名所長井町
 〔長井町電話〕県一決戦投票名所の部に第一位を()って山形懸名所図絵にあやめの新名所を加へた西置賜郡長井町では町民は勿論あやめ公園を必死後援した郡民を()げて戰捷氣(せんしょうき)(ぶん)に酔ふて居るがこの(しょう)()を記念する()め山形懸一訪問選手の來訪機会に(きょ)(ちょう)一致の當選大祝賀会を催す計畫(けいかく)である。
  目下佐藤町長の音頭でテンヤワンヤと祝賀の準備を進めてゐるが 明年のあやめ季節には断然山形懸下の粹客をあつめんとこれから 風情しほらしいあやめ踊りやあやめ小唄を作って明春迄ブッ(つづ)けて宣傳(せんでん)する計畫(けいかく)である
 
◆そしていよいよ銅標が手渡された

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昭和5年8月13日(水)3面
あやめ公園へ
懸一銅標を贈呈
 長井あやめ公園の銅標授與式は(8月12日)二時四十五分より公園内羽(金)田屋に於て開會(かいかい)されたが参會者百七十名に及び佐藤町長の開會(かいかい)()に次いで 山班 竹田指令は佐藤町長に對し賞状並びに銅標を贈呈し後歓迎の宴に移り三時二十分萬歳聲裡に送られて出發、宮内を經て赤湯より往路通り赤湯、中川、上の山を經て五時十五分再び山形に入る

現在の県一碑  頭上の燈具が損失している


銘板
2013.06.19:[あやめ]
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